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長野地方裁判所 昭和43年(ヨ)42号 決定 1968年7月18日

申請人 田中正保

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 富森啓児

右同 岩崎功

被申請人 株式会社前田製作所

右代表者代表取締役 前田又兵衛

右訴訟代理人弁護士 高橋茂

右同 高井伸夫

主文

被申請人は、当庁昭和四〇年(ヨ)第四五号地位保全等仮処分申請事件の仮処分決定により申請人らに対し給付を命ぜられた金員のほかに、申請人田中正保に対し六、九二〇円、申請人内山春男に対し、五、〇〇六円、申請人山崎信衛に対し九、八〇〇円を、いずれも昭和四三年五月以降本案判決確定まで毎月二五日限り仮に支払え。

申請人らのその余の申請をいずれも却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者の求める裁判

一、申請人ら

1、被申請人は、申請人田中正保に対し八六万九、九七八円、申請人内山春男に対し、七五万〇、九六二円、申請人山崎信衛に対し五三万六、四四九円をそれぞれ仮に支払え。

2、被申請人は、昭和四三年五月二五日以降毎月二五日限り、申請人らが提起する雇傭契約存在確認等請求の本案訴訟の判決確定に至るまで、申請人田中正保に対し一箇月一万九、〇二五円、申請人内山春男に対し一箇月一万五、八七五円、申請人山崎信衛に対し一箇月一万三、一三〇円をそれぞれ仮に支払え。

二、被申請人

1、本件申請をいずれも却下する。

第二、当事者間に争いのない事実

一、被申請人(以下会社という)は、肩書地において、土木、建設機械の製造、修理、車輛整備などを営む会社で、三部五課一工場、三出張所から成り、同社篠ノ井本社工場は二一九名の従業員を有し、社員、準社員、雇によって構成されている。

二、申請人田中正保(以下単に田中という、他の申請人についても姓のみで表示する。但し、申請人三名を総称するときは申請人らという。)は、昭和三八年二月一五日、内山は、昭和三七年四月一五日、山崎は、昭和三六年四月一日にそれぞれ会社に従業員として雇傭され、昭和四〇年六月一〇日当時、田中、内山は雇として、山崎は準社員として、いずれも製造部製作課に所属し、主としてセグメント(トンネル用金属型枠)の仮組立の作業に従事していた。

三、ところが、会社は、昭和四〇年六月九日、田中、内山については雇就業規則第八条第一項第三号に、山崎については社員、準社員就業規則第一四条第一項第三号にそれぞれ該当する事由あるものとして、申請人らに対し解雇の意思表示をした。

四、そこで、申請人らは、右解雇は無効であると主張し、当庁に地位保全等の仮処分を申請(当庁昭和四〇年(ヨ)第四五号事件)し、当庁は、昭和四〇年七月一九日、「申請人らが会社に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。会社は、田中に対し二万〇、八〇〇円、内山に対し二万〇、五七五円、山崎に対し一万八、三〇〇円および申請人らに対し、それぞれ右と同額の金員を、昭和四〇年七月以降本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り支払え。」との仮処分決定をした。

五、かくして、申請人らは、昭和四〇年七月二一日、右決定を契機として、会社に対し、労務の提供を申入れたところ、会社はこれを受理し、以来引続き申請人らを就労せしめてきた。

第三、争点

一、申請人らの主張

1、会社は、昭和四〇年七月二一日以来今日まで、タイムカードによる出勤から退社までの就業時間はもとより、あらゆる面において、申請人らを会社の従業員として現実に就業せしめてきているにも拘らず、故意に、申請人らを雑役等の作業に従事せしめたり、他の従業員と差別し、時間外勤務、休日出勤を拒んだりしたうえ、申請人らに対しては、何ら正当な根拠もなく、夏季、年末の一時金を支給しないばかりか、昭和四〇年以来今日まで四回にわたり一般従業員に対しては行なわれた賃上げもこれを実施することなく、前記仮処分決定を奇貨として、申請人らの賃金を不当にも右決定で給付を命ぜられた金額に釘付けにしている。

しかしながら、右四回の賃上げの結果、昭和四三年五月当時において、申請人らの賃金は、田中については三万九、八二五円(基本給三万五、八七五円、家族手当二、七〇〇円、通勤手当一、二五〇円)となる筈であり、右現実支給額との差額は一万九、〇二五円となり、内山については三万六、四五〇円(基本給三万五、二五〇円、家族手当一、二〇〇円)となる筈であって、右現実支給額との差額は一万五、八七五円となり、田中については三万一、四三〇円(基本給二万九、六〇〇円、家族手当一、二〇〇円、通勤手当六三〇円)となる筈であり、右現実支給額との差額は一万三、一三〇円となっているほか、同年四月二五日(会社では毎月二五日が賃金の支給日である)現在において、田中は別表計算書一、記載のとおり、内山は別表計算書二、記載のとおり、山崎は別表計算書三、記載のとおり、受くべかりし賃金(一時金、家族手当、暫定手当、通勤手当を含む)のうちそれぞれ八六万九、九七八円、七五万〇、九六二円、五三万六、四四九円の支払を受けていない。(なお、以上の賃金額の計算は、就業規則ならびに全国金属労働組合前田製作所支部と会社間に取交された賃上げ、或は一時金の協定に基きすべてその平均額を基準として算出した。)

2、申請人らは、その所属する全国金属労働組合前田製作所支部と会社との団体交渉により、或は昭和四一年二月一五日付で長野県地方労働委員会に対して申立てた不当労働行為救済申立事件(同庁同年(不)第一号、同第四号)の審問を通じて、右のような不正常な状態が改善されることを要求してきたが、会社の不誠意極りない態度と右救済申立事件の審問の当初の予想に反した著しい遅延等の事情のため、その解決が延引されてきたうえ、会社は、昭和四三年三月二一日付で右地方労働委員会から右状態を是正すべき旨の不当労働行為救済命令が発せられたにも拘らず、これに対し、更に中央労働委員会に再審査の申立を行ない、右地方労働委員会による右救済命令の履行勧告に対しても全くこれに応じないという暴挙を敢てするに至った。

ところで、申請人らは、いずれも賃金のみによってその生計を維持し、家族を扶養している労働者であって、これ以上前記仮処分決定が給付を命ずる金額のみの支給を受けるにおいては、その生存すら維持することは到底困難な状況にあり、過去の夏季、年末の一時金をも含めた正当に取得し得べき賃金との差額分の支払を延引されることは、もはや耐え難い困難と苦痛を申請人らにもたらすことは必至であって、中央労働委員会による緊急命令或は雇傭契約存在確認等請求の本案訴訟の判決の確定を待っていては、申請人らの生活は危殆に瀕し、回復し難い損害を蒙るので、本件申請に及んだ。

二、会社の主張

1、申請人らに対する本件解雇は、正当な理由と手続によるものであって無効となる理由はなく、前記仮処分決定および申請人ら主張の地方労働委員会の救済命令には著い事実誤認があり、会社としては承服し難い(会社が右命令に対し中央労働委員会に再審査の申立をなし、右地方労働委員会の履行勧告に応じられない旨回答したことは申請人ら主張のとおりである。)とこであるが、会社が前記のとおり申請人らの就労要求に応じた(会社が申請人らに対して時間外勤務、休日出勤をさせず、右仮処分決定で命ぜられた金員のみを支払っていることは申請人ら主張のとおりである。)のは、仮処分の任意履行として行ったものであって、これによって本件解雇を撤回したものでないことはいうまでもない。このことは会社が申請人ら解雇後の組合との団体交渉においても再三明言しているところであり、会社は、申請人らに対して就労を義務づけているものではなく、申請人らの欠勤等にも拘らず、前記仮処分決定の命ずる金員は支給しているのである。従って、本件仮処分申請は、その被保全権利を欠くものであるから、却下さるべきものである。

2、なお、申請人らは、過去の一時金をも含めた得べかりし賃金との差額分の支払がないと生活は危殆に瀕し回復し難い損害を蒙ると主張するが、会社は三年足らず以前の申請人らの平均賃金全額を仮処分決定の任意履行として今日まで支払ってきたものであり、また申請人らは農地を耕作し、相当の収益を挙げているから、将来右金員のほかその後の賃上分との差額(なお申請人らの勤務成績は最低であるから、平均額を基準として得べかりし賃金額を算定している点においても申請人らの主張は不当である。)を支払わなければ、その生活が危殆に瀕するとは到底考えられない。また、過去の一時金および賃上分との差額を支給しなければ著しい生活上の困難または損害を生ずる等の急迫な事情は全くないから、本件仮処分申請はいずれにしてもその必要性を欠き、この点からしても却下を免れないものである。

第四、当裁判所の判断

本件疎明資料によって疎明される事実およびそれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、1、申請人らは、昭和四〇年七月二一日以降、会社が申請人らに対し、時間外勤務、休日出勤をさせていないこと(この点は当事者間に争いがない)を除き、少なくとも勤務時間内の就労に関する限りは他の従業員と同様の取扱を受け、当初の一時期を除き、その作業内容も申請人らが解雇通告を受けた当時従事していた作業と大差のない作業に従事している。

2、ところで、昭和四〇年七月一九日申請人らが会社に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める旨の仮処分決定がなされていることは前述のとおりであるから、申請人らは、法律上会社の従業員たる身分を保有するものとして取扱われるべきものであり、右のとおり現実にも会社の他の従業員とほぼ同様に就労しているのであるから、会社がその賃金等の労働条件につき申請人らを他の従業員と別異に処遇することを肯認すべき理由は見出し難い。

3、従って、会社は、申請人らについても他の従業員同様に申請人ら主張の各時期毎に昇給したものとして取扱うべきものである。

4、なお、付言するに、申請人らは全国金属労働組合前田製作所支部(昭和三八年三月前田製作所労働組合として結成され、昭和四〇年中全国金属労働組合前田製作所支部となった)に所属する組合員であり、同組合所属の従業員に対する昇給は、従前から、右組合と会社との間で昇給について協定が成立すると、会社から右組合所属の各従業員に対する個別的な意思表示をまたずに、各従業員は当然に昇給したものとしての取扱を受けるということで実施されてきていることが窺われるから、会社から、申請人らに対し各別に、昇給に関し特段の意思表示がなされなかったとしても、そのことは何ら右結論に消長を及ぼすものではない。

二、1、申請人ら所属の組合と会社との間においては、昭和四〇年五月一八日、会社は同年二月一日から各従業員の賃金を一律二、〇〇〇円、全従業員の平均額で二、七〇〇円昇給させる旨ならびに雇についても準社員同様に配偶者につき一、五〇〇円、その他の扶養家族一人につき六〇〇円の家族手当を支給する旨の協定が結ばれ、次いで、昭和四一年六月二七日、同年二月一日から各従業員一律一、二〇〇円を含む二、〇〇〇円を基本給の月額最低賃上額とする旨の協定が成立し、昭和四二年四月七日、同年二月一日から各従業員の最低昇給額を二、〇〇〇円とし、全従業員平均四、〇〇〇円の賃上げをする旨の協定がなされ、更に昭和四三年三月二三日には同年二月一日から全従業員の平均昇給額を四、五〇〇円、但し各従業員の最低昇給額は二、四〇〇円とする旨の協定が締結され、それぞれ右協定に従って昇給が実施された。

2、しかし、右各協定による昇給額のうち一律昇給分ないしは最低昇給額を超える部分については、会社が査定をしてかなり大巾な格差をもうけていたことが認められるので申請人らの各昇給額をどのように見積るべきかは極めて困難であるが、少くとも各年毎にそれぞれ各従業員の最低昇給額に当る二、〇〇〇円、二、〇〇〇円、二、〇〇〇円、二、四〇〇円を下らない額の昇給があったものとみ得ることは疑いないところであるから、以下においては右各金額を基礎として考察を進めていくこととする。

3、田中、内山は解雇通告を受けた当時雇であり、雇の基本給は日給とされており、その金額は、それぞれ、八九〇円、八二五円であったから、両名の右各昇給の結果による昭和四三年二月一日以降の日給額は、右各昇給額合計八、四〇〇円を一箇月の平均稼働日数二五で除した額である三三六円を右解雇通告当時の日給額に加算した一、二二六円、一、一六一円となる。そして、田中、内山の昭和四〇年八月から昭和四三年三月までの間の一箇月間の平均実働日数は、田中が約二〇日、内山が二一日であるから、右平均実働日数を右各日給額に乗じた金額に、田中については、妻と子供二人分の家族手当二、七〇〇円および昭和四一年七月以降片道二キロメートル以上の自転車通勤者に支給されることになった通勤手当五〇〇円を加えた二万七、七二〇円を、内山については、父子二人分の家族手当一、二〇〇円を加えた二万五、五八一円をもって、それぞれ両名が昭和四三年五月二五日以降において受くべき賃金であると解するのが相当である。

なお、山崎は、解雇通告当時すでに準社員であり、月給を支給されていたものであって、その月額は一万六、〇〇〇円であったから、これに前記各昇給額合計八、四〇〇円と、子供二人分の家族手当一、二〇〇円と、田中同様自転車通勤による通勤手当五〇〇円とを加算した二万六、一〇〇円をもって、昭和四三年五月二五日以降において受くべき賃金であると解するのが相当である。

三、そうすると、申請人らが現に会社から支給を受けている金員と、右の昇給分を見込んだ受くべき賃金との差額は、田中が六、九二〇円、内山が五、〇〇六円、山崎が九、八〇〇円となり、右金額は、いずれもそれ自体としてはさほど多額なものであるとはいい難いが、申請人らが現に支給を受けている賃金額(それ自体決して低廉でないとはいい難い)と対比した場合、右差額分を支給されることによる増収分は、申請人らの収入全体にとって相当大きな割合を占めることは一見して明らかであるから、顕著な事実と認めるべき現下における著しい諸物価の高騰ならびに、労働委員会における救済命令申立事件が昭和四一年二月以来なお係争中であること(この点は当事者間に争いがない)を考慮すれば、主として申請人らの賃金によってその生計を維持している労働者である申請人らにとっては、右認定の差額分についても仮にその支払を受けるべき緊急の必要性あるものと認めるのが相当である。

四、しかしながら、申請人ら主張の滞納に係る昇給分ならびに各年度における夏季および年末一時金(その金額についてはしばらく措く)については、今直ちにその支払を受けなければならないほどの緊急の必要性は認め難いので、この部分に関する申請人らの申請は、この点においてすでに却下を免れない。

五、よって、申請人らの本件申請のうち、以上認定の限度における賃金の仮払いを求める部分は理由があるので、これを認容し、その余の部分は失当であるからこれを却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 落合威)

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